「十分に洗浄」が「10分洗浄」に? 取扱説明書の言葉のあいまいさと新JIS
「十分洗浄してください」。取扱説明書でよく見かける一文ですが、これが「10分間洗浄してください」と読まれてしまうことがあります。書いた側は「じゅうぶんに」のつもりでも、読む側には「じゅっぷん(10分)」とも読めてしまうからです。
取扱説明書の言葉は、読む人によって意味が変わってはいけません。この記事では、こうしたあいまいな言葉がなぜ生まれるのか、どう直せばよいのかを、2026年8月に制定された取扱説明書の新JIS「JIS Z 82079-1」の考え方とあわせて紹介します。
「十分洗浄」は、なぜ誤解されるのか
「十分」には、「じゅうぶん(足りている)」と「じゅっぷん(10分間)」の2通りの読み方があります。前後に助詞がなく「十分洗浄」と漢字が続くと、どちらの意味なのかが文字だけでは決まりません。
特に紛らわしいのが、時間が関わる作業です。洗浄、加熱、充電、乾燥など、取扱説明書には「何分」と時間を指示する手順がたくさんあります。そうした中で「十分加熱してください」と書かれていたら、「10分加熱すればいい」と受け取る人がいても不思議ではありません。
直し方は2段階
1. 読み方を1つにする
まずは、読み方が1通りになるように書き換えます。私は、「十分に洗浄してください」のように「に」を補うか、「充分」と書くことで、意味が1つに決まるようにしています。
なお、新聞などでは「十分」と書くのが一般的です。社内の表記ルールに合わせるなら、「十分に」と助詞を補う方法が取り入れやすいと思います。
2. 基準を具体的に書く
もう一歩進めるなら、「十分に」という言葉そのものを、具体的な基準に置き換えます。「十分に」がどの程度なのかは、結局のところ、読む人の判断に任されてしまうからです。
| あいまいな書き方 | 具体的な書き方の例 |
|---|---|
| 十分に洗浄してください | 洗剤の泡が残らなくなるまで、水ですすいでください |
| 十分に乾かしてください | 水気がなくなるまで、風通しのよい場所で乾かしてください |
| 十分に冷ましてください | 本体が手で触れられる温度になるまで、約30分置いてください |
時間や量などの目安は、製品の仕様や試験の結果をもとに、メーカーと確認して決める必要があります。
ほかにもある、取扱説明書のあいまいな言葉
「十分」のほかにも、取扱説明書には読む人によって受け取り方が変わる言葉があります。
| 言葉 | 起こりがちなこと | 直し方 |
|---|---|---|
| しばらく待つ | 数秒とも数分とも受け取れる | 「約5分待つ」のように時間を示す |
| 適量 | 入れすぎたり、少なすぎたりする | 「水200mL」「目盛りの線まで」のように量や目印を示す |
| 〜する時 | 「時刻」の意味か「場合」の意味かがあいまいになる | 条件を表すときは「〜するとき」と仮名で書き、漢字の「時」は時間・時刻の意味だけに使う |
| 10℃以下/10℃未満 | 境目の10℃を含むかどうかが変わる | 「以下」は10℃を含み、「未満」は含まない。意図どおりに使い分ける |
| 本機/本体/製品 | 同じものなのに、別のものを指しているように見える | 呼び方を1つに決めて統一する |
新JISは、言葉づかいをどう定めているか
新JISには、言葉づかいについての項目がいくつもあります。
1つの表現に、1つの意味
新JISは、使用情報(取扱説明書など)を、「1つの表現に、1つの単純な意味」という原則に基づいて、短い文で、シンプルで明確な、直接的な言葉で書くことが望ましいとしています(9.10.5)。
「十分」のように、1つの表現に2つの意味がある書き方は、まさにこの原則から外れています。
用語をそろえ、あいまいさを避ける
新JISは、使用情報の全体を通して、また製品本体や包装とも一貫した用語を使い、あいまいさを避けなければならないとしています。専門的な知識を持たない人が使う製品では、用語に定義や説明を添えることも求めています(7.5)。
「本機」「本体」「製品」が混ざっている取扱説明書は、この点で見直しが必要です。
分かりやすい文章と用語
新JISは、分かりやすさを情報品質の要素のひとつに挙げ、分かりやすい文章と用語を使うことを求めています(5.3.7)。
あいまいな言葉を減らす3つの方法
1. 表記ルールと用語集を作る
「とき/時」「以下/未満」のような使い分けや、製品の各部の呼び方をルールとしてまとめ、関わる人全員で共有します。ルールがあれば、書き手が変わっても表現がぶれにくくなります。
2. 数字や状態に置き換えられないか考える
「十分」「しばらく」「適量」といった言葉を見つけたら、時間、量、目で確かめられる状態に置き換えられないかを考えます。
3. 製品を知らない人に読んでもらう
書いた本人は、自分が意図した意味でしか読めません。あいまいさに気づくには、製品を知らない人に読んでもらうのが近道です。新JISも、消費者向けの製品について、製品や取扱説明書に慣れていない人にも参加してもらって、実際に役立つかを確かめることが望ましいとしています(4.2)。
また、あいまいな言葉は、翻訳するとさらに意味がずれやすくなります。海外向けの取扱説明書で気をつけたい表現は、「そのマニュアル、直訳していませんか?」で紹介しています。
まとめ
- 「十分洗浄」は「10分洗浄」とも読める。読み方を1つにし、できれば具体的な基準で書く
- 「しばらく」「適量」「時/とき」「以下/未満」「呼び方の不統一」も、あいまいさの原因になる
- 新JISも、1つの表現に1つの意味、用語の一貫性、分かりやすい文章と用語を求めている
- 表記ルールと用語集、数字への置き換え、製品を知らない人のチェックで、あいまいさを減らせる
新JISの全体像は「JIS Z 82079-1で取扱説明書の何が変わる?」で解説しています。
当方では、表記ルールの整備を含めた取扱説明書の制作・見直しに対応しています。お気軽にお問い合わせください。
※規格の内容は、IEC/IEEE 82079-1:2019(日本規格協会の和訳)をもとに要約しています。JIS Z 82079-1:2026の本文とは訳語が異なる場合があります。
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