過剰な警告表示

機械規則とCEマーキングが求める「読みやすさ」

2023年に公布されたEU機械規則(EU 2023/1230)では、「取扱説明書は必要な情報を分かりやすく、過剰にならない形で提供すること」が明記され、さらにデジタル取扱説明書の提供も正式に認められました。

“The information needed to control machinery or a related product shall be provided in a form that is unambiguous and easily understood. It shall not be excessive to the extent of overloading the operator.”
「機械または関連製品を操作するために必要な情報は、曖昧さがなく容易に理解できる形で提供されなければならない。また、その量が過剰となり、操作者を混乱させてはならない。」

CEマーキングを付ける機械や装置は、この規則に沿った情報提供が欠かせません。つまりEU圏では、使用者が必要とする瞬間に必要な警告を示すことが新しいスタンダードです。紙でもPDFでも、情報が多すぎて操作を妨げるようでは評価が下がる――そんな時代に入りました。

取扱説明書の冒頭に警告が集中する理由

取扱説明書を開くと、冒頭にびっしり並ぶ注意書きに圧倒されることがあります。その背景には三つの要因が重なっています。

第一に、書き手側に根付く「書かないより書いた方が安全」という“念のため”文化。

第二に、猫事件※1 やマクドナルド事件※2 といった訴訟都市伝説への過敏な反応。

第三に、旧版へ追記を重ねた結果、構成を根本的に見直す機会を逃したこと。

書き手としては抜け漏れを避けたい気持ちも理解できますが、量がかさむと肝心のメッセージが埋もれがちです。実際、ユーザビリティ調査では冒頭の警告ページを細部まで読む人は一割に届かないと報告されています(※3)。

過剰防衛から「ほどよい整理」へ

近年は ANSI Z535 シリーズも、リスクが発生する箇所でピンポイントに警告を示す手法を推奨し始めました。代表的なのが ANSI Z535.6 Section 9.3 の「Embedded Safety Messages(埋め込み型安全メッセージ)」です。

“Embedded safety messages should be integrated with the non-safety messages to which they apply. When included in procedures, embedded safety messages should be treated as part of the procedure and included as a step or part of a step in the procedure so that, if the procedure is followed, the hazard would be avoided.”
「埋め込み型安全メッセージは、適用される非安全情報と一体化して配置しなければならない。手順内に含める場合、当該メッセージは手順の一工程として組み込み、手順どおりに実行すれば危険を回避できる位置に置くべきである。」

この考え方を踏まえると、要点は三つに絞られます。

危険レベルを絞り込む ― 発生確率と結果の重大度を評価し、特に深刻なものだけを冒頭や本体ラベルに集約する。

重複を潔く削る ― 本文中に同じ表現を繰り返す代わりに「→安全情報参照」で誘導し、冗長さを抑える。

見出しとレイアウトで探しやすさを確保 ― 図表やアイコンを活用し、ざっと眺めるだけで要点が拾える構造にする。

この三点を徹底すればページ数を増やさずに済み、改版の負担も軽減できます。

量より質、場所よりタイミング――これからの取扱説明書

CEマーキングを目指す製品はもちろん、日本国内だけで販売する家電や工具でも、国際潮流を意識した取扱説明書づくりは避けて通れません。「警告は多ければ安心」から「読んで理解されてこそ安全」へ。

まず過去の追記を棚卸しし、使用者視点で本当に必要な情報を選び直しましょう。そのうえで機械規則や一般製品安全規則(EU 2023/988)の要件を満たすよう配置を最適化すれば、法規対応と読みやすさを同時に達成できます。

事故を防ぎ、製品価値を高める取扱説明書に必要なのは行数ではなく「伝わるタイミング」。情報を整理し、リスクが顕在化する場面で的確に示すことが重要です。

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