EU新機械規則が拓くオンラインマニュアルの現実解

従来規制の呪縛

取扱説明書をまるごとウェブ公開で済ませたい──機械メーカーであれば一度は抱く発想でしょう。
印刷や在庫、発送にかかる手間とコストを思えば当然です。

しかし、従来のEU機械指令2006/42/ECは「健康・安全に関わる指示は紙で提供するのが原則」と釘を刺していました。
設置手順や操作手順、メンテナンス手順にいたるまで「安全情報」に含まれることが多く、実際にはほとんどのページを紙に残さざるを得なかったのが現実です。

新機械規則〔Regulation (EU) 2023/1230〕がもたらす転換点

2023年に公布された新機械規則〔Regulation (EU) 2023/1230〕は、ついにその長年の足かせを緩めました。
規則の条文は、取扱説明書を「デジタルで提供してもよい」と明言し、製品や包装、あるいは同梱カードにアクセス方法さえ示せば、オンライン版のみで市場へ出荷できる道を開いています。

残る前提条件

とはいえ「全面解禁」ではなく、いくつか押さえておきたい前提条件があります。

  • 購入者が紙の説明書を希望した場合には、製造者は無償で紙版を用意し、1か月以内に届けなければならない。
  • デジタルマニュアルはダウンロードや印刷ができる形式であること。
  • 機械の耐用年数中──少なくとも10年間──は常時アクセス可能な状態を保つこと。
  • 消費者向け機械については、運転開始に不可欠な最小限の安全情報だけは引き続き紙で同梱する必要がある。

それでも得られる大幅なコスト削減メリット

こうした条件を読んで「結局ほとんど紙がなくならないのでは」と失望する方もいるでしょう。

実際、据え付け要領や点検手順が安全情報と見なされるかどうかは機械ごとのリスクアセスメント次第で、紙の削減効果は製品によって差が出ます。
それでも、回路図や詳細な補修手順、膨大なスペアパーツ表といった“大量ページもの”をオンライン化できれば、印刷コストと物流負担を大きく圧縮できるのは確かです。
サプライヤー間で図番を共有する場合にもウェブリンクだけで済むため、情報の一元管理という面でもメリットは小さくありません。

実務上押さえるべき3つのポイント

実務上の注意点は3つあります。

  1. 「安全情報」の範囲を明確化
    どこまでを紙で残すかをリスクアセスメント報告書で裏付ける。
  2. アクセス保証の設計
    QRコードだけでなくシリアル番号検索など迷子を防ぐ導線づくり。
  3. 紙版オンデマンドのフロー整備
    ユーザー請求から30日以内に発送できる体制を文書化。

「真のペーパーレス化」へ—今こそ準備のとき

ともあれ、EU新機械規則は「安全を損なわない限りオンラインを活用しよう」という柔軟なスタンスに舵を切りました。
日本にも数年後にはその流れがくるでしょう。

紙から解放される余地は製品によって大小があるものの、今からリスクアセスメントと情報提供フローを整理しておけば、来る「真のペーパーレス化」の波がくるころまでには、コスト削減とユーザー利便性の両立を現実のものにできます。

もう分厚い紙束を箱に詰める時代は終わりつつある──その準備を始める時期が、まさに今なのです。

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